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本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇国賓として迎えるべきではない

 習近平主席を国賓として迎えることに多くの国民が反対しているが、安倍総理に撤回の意思はなさそうである。南シナ海での不法行為尖閣諸島への領海侵犯、ウイグル人弾圧、日本人に対する不可解な身柄拘束、新型コロナウイルスの感染拡大などを思うと国賓として相応しいとは思えない。

 国賓として迎えたら、今や世界にとって脅威となっている中国の無法な振る舞いを日本は容認すると宣言したようなもので、総理だけでなく国家としての信頼を国際社会で失うだろう。

 国賓として迎えることにした理由は何なのか、どんな利益があるのか分からないが、総理を支持し応援するのは、総理は利ではなく義に喩(さと)る人間と考えるからだろう。

 外交、経済対策、安全保障法制、働き方改革など、今までの実績を支持者は認めていると思う。そして、憲法、拉致、北方領土なども安倍総理に期待する熱い思いも国賓の撤回がなければすっかり冷めてしまうだろう。

 内閣の支持率が急落(支持36.2%、不支持46.7%、2月24日、産経新聞)したのは、今まで何があっても総理を支持してきた人たちが失望したから、憲法改正などの懸案事項も総理には無理だろう、そして、もう安倍総理でなくてもいいと考え出しているからではなかろうか。

◇世話になったらお礼を言う

 台湾へ行ったり迎えたりして交流を深めている台湾人が何人もいるが、彼らは律儀で親日的である。義理とか人情といったものは古い時代の遺物のように言う人がいるが、義理人情にしばられない人が多くなっているのかもしれない。私の周りには日本が失いつつある美徳が台湾にはあると話す人が何人もいる。

 修学旅行地を台湾にしている市内の高校は台湾人との交流も組み込んでいるとのことで、後輩たちにお土産を配りながら楽しそうに話している姿を見ていると、台湾はいいだろうと声をかけたくなる。

 義理を欠けば人との関係が深まらないだけでなく信用を失って、やがて相手にされなくなることもあるだろう。あの先生にはお礼を言わずに卒業してしまった、あの方にお礼をしなかったなど、今までの不義理を思い出すと情けない気持ちになる。

 お礼をするのは相応の年齢になってからでいいが、お礼を言うのは誰だってできる。お礼を言わずに去っていくようでは人を利用したとしか思われない。日本人本来の姿を取り戻すには当たり前の小さな心がけが大事だろう。

◇教育行政には現場の視点が必要

 2007年(平成19年)10月、地元代議士の政策秘書の案内で文科省に出向き、教育現場で感じていること(詳細は過去ブロ「教育建言」)を初等中等教育企画課長と企画課総務係長に述べた。官僚が校長や教頭として出向できるようにと特にお願いし話を終えた。

 2009年4月、品川区立大崎中学校に文科省の官僚が校長として赴任したことを知り、これから何人もが教育現場を経験できるようになれば現場が違和感を感じるような教育施策も少なくなるだろうと思った。

 教育現場への出向は浅田和伸元校長本人の強い希望で実現したとのことで、「我々がやっている国の教育行政の仕事が果たして教育現場から見て頼りにされ共感されるものになっているのかとの自問自答が続いていた。そして、学校現場に近いところで仕事をしたいという気持ちが押さえがたいほど強くなっていた」のだそうだ。

 昨年出版の「教育は現場が命だ」との著書は、文科省出身の中学校長日誌として書かれたものだけあって、3年間の様子が克明に記されていた。この経験を行政に生かしてほしいと強く思ったが、同時に、以下のような述懐などに教職員から信頼され成果も上げられた学校経営ができたのかと疑問に思った。

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◆毎日が濃密な時間だと感じる。一方で、人の仕事がいい加減に見えてイライラすることも多い。
◆極力、顔や口に出さないようにしているつもりではあるが「いい加減な仕事だな」と呆れることが山ほどある。自分と比べてはいけないのかもしれないが、仕事への意識が低すぎて話にならないと感じることも多い。
◆気持ちが荒れていていろんなことでイライラし、1週間で3度も声を荒げてしまった。
◆次週に迫った期末考査の試験問題や解答用紙を一つ一つチェック。全教科・学年分をかなり細かく見て直し、朱を入れないものはない。
◆品川区の友好都市ニュージーランドオークランド市から教員交流で来日した先生が今後4週間大崎中で活動するので、臨時の朝の打ち合わせで職員に、臨時の全校朝会で生徒に英語で紹介した。
◆気づいたことは教員に伝える。時には教科の教員全員に集まってもらうこともある。生徒が分かったと言っても本当に理解できているか、実際に自分でやれる力が身に付いているかは分からない。そこまで確認して確実に学力を付けてやってもらいたい。教え方には個性があってよいが、教える内容のコアの部分は共通であるはずだ。教員間で共通理解を持ち、押さえるべきところを押さえなくては駄目だ、ということなど。
◆全体を見て組織を作るのも管理職の大きな仕事だ。個々の教員の希望より学校全体の力を高めることを考えて人事を行った。強い反発もあったがもちろん押し切った。
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 大崎中と私が勤務した学校とでは相当な違いがあるとは思うが、上記のようなことを口にしたり考えて学校経営に当たったら大失敗に終わったことだろう。

 生徒指導に関することは、生徒指導主事や担任、学年主任が対応し、必要があれば校長が最後にというのが通常だろう。学習に関することは学習指導主任、進路に関することは進路指導主事が中心になって対応するなど、組織を活用することが大事だが、浅田校長はあまりにも前面に出過ぎているように感じた。疲労困憊、体調を崩すのは無理もない。

 官僚の現場経験は都道府県の教育長や教職員課長などだが、そこは現場ではない。官僚を校長や教頭にとの目的は、たった一人だけでは達成できないだろう。毎年のように何十人もが出向し現場から学ぼうとの姿勢で教育現場に立ってほしいものだ。現場の視点で教育行政を進めたなら教育活動ははるかに効果的なものになるだろう。

◇少しでも近づきたい

 中山博道範士(1958年86歳で死没)は、大日本武徳会から剣道、居合術(道)杖術(道)範士の称号を授与された武道家である。剣道は正しく修行した者なら、80歳までは若者に負けることはない、と語ったことが伝えられている。

 年を取れば体力も劣ってくるし、敏活な動作も鈍るのは当たり前ではあるが、剣道には竹刀という特別な介在物があり、竹刀にかけられた積年の労が効果を発揮し、若い力や若い動、若い術に十分に対応し、年齢より来る衰えを防護してくれる。これは絶対その通りとは言えないが、順当に正しく修行した者は年齢から来る衰えと80歳までは完全に対抗できると体験で確信している。中山は老人だから手加減して、と言われたことは絶対になかったと語ったのである。

 剣道界も高齢化が進んでおり、道場は若者より高齢者の方が多いという状況を頻繁に目にする。日頃一緒に稽古している最高齢者は一回り上の昭和13年生まれで80歳を越えている。70歳後半では5人程、それ以下となれば何人にいるだろうか。皆元気で実力がある。

 しばしば稽古をお願いしている70代8段の先生に、どうしてこんなに強いのだろうと感じている。若者が遠く及ばない状況を身近にしていると、範士が語ったことはそうかもしれないと思う。

 年齢を重ねて体力的には衰えていても進歩していることは実感できる。年齢の限界を設けないで正しい稽古を積み重ねることが大事なのだろう。中山先生の域に少しでも近づきたいものである。

◇志望者激減は当然である

 平成30年度の教員採用試験の競争率を過去のブログ「躊躇している暇はない」で取り上げたが、12月24日、令和元年度の結果を産経新聞が報じていた。

 それによると、小学校教員の競争率が8年連続減少して過去最低の2.8倍(中学校5.7倍、高校6.9倍)になった。新潟県の1.2倍(前年度1.8倍)、福岡県の1.3倍(前年度1.9倍)など、2倍を切る自治体が12県市に上り、教員の質の低下が懸念されるとのことだ。

 競争率は好景気には民間企業に流れて下がり、不景気には上がる傾向にあったことは現職中感じたことだが、志望者の減少を景気のみで語ることはできない。採用試験に不合格で講師として働いた後警察官や市役所などに採用された後輩が教員より今の方がはるかにいいと話すのを聞いていると、残念だが仕方がないと思った。

 文科省が公表(12月24日)した教員人事行政状況調査によると、うつなどの精神疾患で休職した平成30年度の公立学校の教員数が5212人(前年度5077人)に上った。男性2333人、女性2879人で全教員(約92万人)に占める割合は0.57%になる。

 新潟県教育庁の担当者は、「優秀な人材を確保するためには志望者数を増やすことが重要」と話し、福岡県は、「初任者研修を手厚くし教員の質を維持したい」と話したのだそうだが、ブラックと言われる過酷な教育現場を真っ先に改善すべきだろう。

◇生かされている存在だから

 あの時川でどうして溺れ死ななかったのか。バイクで転んで何メートルも吹っ飛んだのになぜ、すんでのところで回避できた交通事故など、死んでいても不思議ではなかったと思う事がいろいろある。

 そのことを考えると、自分には何か分からないがやることがあるのだろうという気持ちにはなった。この世に生を受けたからには誰にも何らかの天命があると思っているが、それが何かを多くの人は分からないだろう。孔子でも天命を知ったのが五十であり、そのくらいにならないと分からないのかもしれない。

 自分のやるべきこと、それを天命と意識するようになって20年くらい経つが、今もそれは変わらない。世の中を大きく動かすことはできないが、生かされている命であることを思うと投げ出す訳にはいかない。

◇国の宝ではないか

 稽古中、何度も相手に打たせない体勢を取って構えを崩していた時、後ろから近寄ってきた先生(副館長)に、「そんなに自分がかわいいの」と言葉をかけられたことがあった。

 その頃は世のため人のために身を捨てて立ち向かえるような人間になりたいとの思いを抱いて道場に通っていたので、非常に恥ずかしい気持ちになった。

 幕末の志士たちの多くが剣道を学んでいたが、志士たちの身を犠牲にしても国家社会のために尽くすという高い志と行動力は剣道によって培われた面も大きいだろう。

 斎藤弥九郎によって開設された練兵館は幕末の江戸三大道場と言われたが、明治になって剣道は衰退し閉館になった。その後長い年月を経て練兵館斎藤信太郎を館長として現在地に再興された。門下生に桂小五郎高杉晋作伊藤博文井上聞多などがいたことは誇らしく思える。

 今この国に必要なのは剣道精神であると感じている。剣道を学ぶ子どもたちが年々少なくなり残念だが、剣道精神を大いに培ってほしいものだ。剣道を学ぶ子どもたちは国の宝と思えるのである。