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本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇日韓の関係は最悪になってしまったが

 昨年の8月、国体候補選手の強化のため韓国を訪問した。日本との剣道交流ということで多くの高校生が駆けつけてくれ試合や稽古を通して日韓の高校生は親睦を深めた。

 日本の高校生は選ばれた選手だけあって強くて態度もしっかりしていたが、韓国の高校生も同様だった。積極果敢に立ち向かい日本から学ぼうとの高校生の姿勢には特に感心させられた。

 席に座っている我々日本人の前を通る時には立ち止まって一礼し通り過ぎる。武道館内や校舎の廊下などですれ違った時でも立ち止まって一礼し通り過ぎるのである。礼儀正しさは日本人以上かもしれない。

 韓国高校生とは交互に訪問して交流を続けている。今年は韓国から来る番で来日を期待していたが取り止めになった。来日できなくなったのは最悪と言われるほどの日韓関係によってかと危惧したがそうではなかった。

 日韓の相互訪問の度に親しく付き合う韓国の指導者には人格者と感じる人が多く、韓国では恐縮するくらいの歓待をしてくれる。お茶などの接待をしてくれる韓国の保護者や関係者には反日の雰囲気など全く感じない。

 今多くの日本人を怒らせているのは、政府や議員、左翼団体、マスコミ関係者などの常軌を逸した反日対応だろう。日韓関係悪化の経緯を正しく見つめている韓国人は少なくないと思う。そういった人たちの思いが日韓関係に反映されるようになってほしいものだ。

 国体少年の部は関東ブロック大会で優勝し本戦出場を決めている。間もなく始まる茨城大会での健闘を期待している。

◇国の将来を考えたら

 国や自治体の少子化対策は思うような結果に結びついていないように思う。

 子どもの医療費の無料化、子ども手当、待機児童の解消、幼児教育・保育の無償化、就学支援金制度、同一労働同一賃金、正規職員を増やして雇用を安定させる取り組みなども少子化対策であろう。

 しかし、まだ肝心なことがある。過去のブログ「少子化対策」でも取り上げたが、小さな子どもがいる共働きの夫婦には子どもの具合が悪くなった時に預かってくれる施設が必要である。祖父母等に頼めない夫婦はそれを痛感しているだろう。現状のままでは二人目三人目はもういいとなってしまう。

 多少費用が高くても、各市町村に1、2カ所あれば安心して働くことができる。どちらが仕事を休むかで喧嘩しなくても済む。

 これもまた過去のブログ「深刻な問題になっている家庭は少なくない」で取り上げたが、インフルエンザに子どもが罹ってしまった場合には約1週間登校できなくなる。家に1人でおけなければ親は何日も仕事を休まなければならない。

 インフルエンザが治ったところで学級閉鎖の措置がとられた場合には、また休まなくてはならなくなる。学級閉鎖中は罹患していなくても学童保育や学校に通えない現状がある。こういう子どもが登校できるよう改めなければならない。授業はできなくても図書館で読書させたりビデオを見せたりすることはできるだろう。

◇長崎平和宣言(7)…風評被害収束の妨げだろう

 平和宣言については今年も疑問に思うところがあった。平和の誓いには上から目線で被爆者ってそんなに偉いのかと感じさせるようなところもなく謙虚だった。

 「日本は今、核兵器禁止条約に背を向けています。唯一の戦争被爆国の責任として、一刻も早く核兵器禁止条約に署名、批准してください。そのためにも朝鮮半島非核化の動きを捉え、「核の傘」ではなく、「非核の傘」となる北東アジア非核兵器地帯の検討を始めてください。」と田上市長は述べたが、

 原爆を落としたのはアメリカであり、加害者の責任としてアメリカが真っ先に署名、批准すべきだと言うなら分かるが、被爆国の責任として日本に署名、批准を求めたことには強い違和感を覚えた。いじめであれば、いじめの被害者にはいじめられた責任があると言ったも同然の発言と感じた。

 朝鮮半島非核化は全く進展していない。北東アジア非核兵器地帯が非核の傘になるのであれば、その傘にはどんな効力があるのだろうか。核の傘を欲しがっても非核の傘を欲しがる国はなさそうだ。中国、ロシア、北朝鮮に出向いて北東アジア非核兵器地帯構想を説いてから国に提案すべきだろう。

 「長崎は核の被害を体験したまちとして、原発事故から8年が経過した今も放射能汚染の影響で苦しんでいる福島の皆さんを変わらず応援していきます。」には、腹立たしく思った。

 福島の人たちは「頑張ろう福島」といった口先だけの応援をとても嫌がっている。長崎は汚染土の受入れ、福島産食品の販売協力、韓国などに輸入の働きかけをしているのだろうか。

 福島が放射能汚染の影響で苦しんでいるとの発信によって、放射能汚染はまだ続いていると受け止められれば風評被害収束の妨げになる。福島への付け足しのような言及は止めるべきだろう。


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  長崎平和宣言

目を閉じて聴いてください。
幾千の人の手足がふきとび
腸わたが流れ出て
人の体にうじ虫がわいた
息ある者は肉親をさがしもとめて
死がいを見つけ そして焼いた
人間を焼く煙が立ちのぼり
罪なき人の血が流れて浦上川を赤くそめた
ケロイドだけを残してやっと戦争が終わった
だけど……
父も母も もういない
兄も妹ももどってはこない
人は忘れやすく弱いものだから
あやまちをくり返す
だけど……
このことだけは忘れてはならない
このことだけはくり返してはならない
どんなことがあっても……

 これは、1945年8月9日午前11時2分、17歳の時に原子爆弾により家族を失い、自らも大けがを負った女性がつづった詩です。自分だけではなく、世界の誰にも、二度とこの経験をさせてはならない、という強い思いが、そこにはあります。

 原爆は「人の手」によってつくられ、「人の上」に落とされました。だからこそ「人の意志」によって無くすことができます。そして、その意志が生まれる場所は、間違いなく私たち一人ひとりの心の中です。

 今、核兵器を巡る世界情勢はとても危険な状況です。核兵器は役に立つと平然と公言する風潮が再びはびこり始め、アメリカは小型でより使いやすい核兵器の開発を打ち出しました。

 ロシアは新型核兵器の開発と配備を表明しました。そのうえ、冷戦時代の軍拡競争を終わらせた中距離核戦力(INF)全廃条約は否定され、戦略核兵器を削減する条約(新START)の継続も危機に瀕しています。世界から核兵器をなくそうと積み重ねてきた人類の努力の成果が次々と壊され、核兵器が使われる危険性が高まっています。

 核兵器がもたらす生き地獄を「くり返してはならない」という被爆者の必死の思いが世界に届くことはないのでしょうか。

 そうではありません。国連にも、多くの国の政府や自治体にも、何よりも被爆者をはじめとする市民社会にも、同じ思いを持ち、声を上げている人たちは大勢います。 そして、小さな声の集まりである市民社会の力は、これまでにも世界を動かしてきました。

 1954年のビキニ環礁での水爆実験を機に世界中に広がった反核運動は、やがて核実験の禁止条約を生み出しました。一昨年の核兵器禁止条約の成立にも市民社会の力が大きな役割を果たしました。私たち一人ひとりの力は、微力ではあっても決して無力ではないのです。

 世界の市民社会の皆さんに呼びかけます。戦争体験や被爆体験を語り継ぎましょう。戦争が何をもたらしたのかを知ることは、平和をつくる大切な第一歩です。国を超えて人と人との間に信頼関係をつくり続けましょう。小さな信頼を積み重ねることは、国同士の不信感による戦争を防ぐ力にもなります。

 人の痛みがわかることの大切さを子どもたちに伝え続けましょう。それは子どもたちの心に平和の種を植えることになります。平和のためにできることはたくさんあります。あきらめずに、そして無関心にならずに、地道に「平和の文化」を育て続けましょう。そして、核兵器はいらない、と声を上げましょう。
それは、小さな私たち一人ひとりにできる大きな役割だと思います。

 すべての国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れ、原子雲の下で何が起こったのかを見て聴いて感じてください。そして、核兵器がいかに非人道的な兵器なのか心に焼き付けてください。

 核保有国のリーダーの皆さん。核不拡散条約(NPT)は、来年、成立からちょうど 50年を迎えます。核兵器をなくすことを約束し、その義務を負ったこの条約の意味を、すべての核保有国はもう一度思い出すべきです。特にアメリカとロシアには、核超大国の責任として、核兵器を大幅に削減する具体的道筋を世界に示すことを求めます。

 日本政府に訴えます。日本は今、核兵器禁止条約に背を向けています。唯一の戦争被爆国の責任として、一刻も早く核兵器禁止条約に署名、批准してください。そのためにも朝鮮半島非核化の動きを捉え、「核の傘」ではなく、「非核の傘」となる北東アジア非核兵器地帯の検討を始めてください。そして何よりも「戦争をしない」という決意を込めた日本国憲法の平和の理念の堅持と、それを世界に広げるリーダーシップを発揮することを求めます。

 被爆者の平均年齢は既に82歳を超えています。日本政府には、高齢化する被爆者のさらなる援護の充実と、今も被爆者と認定されていない被爆体験者の救済を求めます。

 長崎は、核の被害を体験したまちとして、原発事故から8年が経過した今も放射能汚染の影響で苦しんでいる福島の皆さんを変わらず応援していきます。

 原子爆弾で亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、長崎は広島とともに、そして平和を築く力になりたいと思うすべての人たちと力を合わせて、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

 2019 年(令和元年)8月9日 長崎市長 田 上 富 久


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   平和への誓い

 1945年8月、アメリカが広島・長崎に原爆を投下し、20数万人の命が奪われました。

 私は当時11歳、爆心地から約2キロの自宅で被爆しました。母と4人の妹・弟は佐賀へ疎開していて、難を免れましたが、父は爆心地から500メートルの工場で爆死していました。

 私たちは、兄弟3人で焼け残りの木片を集めて、焼け落ちた工場のそばで、父の遺体を荼毘に付しました。しかし、焼けていく父の遺体を見るに耐えられらず、燃え上がる炎を見ながら、その場を離れました。

 翌日、遺骨を拾いに行きました。でも遺体は半焼けで、完全に焼けていたのは手足の一部だけでした。せめて頭の骨だけでも拾って帰ろうと兄がいい、火箸で触れたら、頭蓋骨は、石膏細工を崩すように割れ、白濁した半焼けの脳が流れ出したのです。

 兄は悲鳴をあげて、火箸を捨てて逃げ出しました。私も、その後を追って逃げ出したのです。私たちは、こんな状態で父の遺体を見捨ててしまいました。

 原爆で、火葬場を破壊されたため、家族や身内を亡くした人々は、私たちと同じようい、無残な体験をしなければならなかったのです。それだけではありません。かろうじて生き残った人々は、熱線による傷や、放射能による後遺症に悩まされながら、生きていかなければなりませんでした。

 私たちは、原爆の被害を受けて20数年後、急性肝炎、腎炎を発症し、今も治療を続けています。さらに60数年後には、胃がんに犯され、2008年10年にガン抽出する手術を受けました。あの時私と一緒に行動した。兄と弟もがんに犯され、治療を続けています。

 あれから74年、被爆者の私たちは、多くの方々と核兵器廃絶を訴え続けました。また、60歳をすぎて英語を独学で学び、2015年11月、長崎で開催された核防止会議では、世界の科学者に核兵器廃絶に力を貸してくださいと訴えました。

 しかし、ロシア、アメリカの国々に、今もなお、1万3880発もの核兵器保有されていると言われています。さらにアメリカが、ロシアとの間に中距離核戦力に締結している中距離核戦力全廃条約からの離脱を宣言し、執行しました。

 2月には、トランプ政権になってから2回目の臨界内核実験がおこなったと報じられています。これは核兵器の廃絶を願う人々の期待を裏切る行為です。

 被爆者が日を追うごとに亡くなっています。私は、この場を借りて、安倍総理にお願いしたい。被爆者が生きている間に、世界で唯一の被爆国として、あらゆる核保有国に核兵器を無くそうと働きかけてください。

 この問題だけはアメリカに追従することなく、核兵器に関する全ての分野で、核兵器廃絶の毅然とした態度を示してください。もちろん、私も死ぬまで、核兵器廃絶を訴え続けます。それが、74年前、広島長崎の原爆で失われた20数万の人の命。後遺症に苦しみながら生き残っている被爆者に報いる道だと思います。

 私は、第二次世界大戦によって、310万人もの命を犠牲にした日本が、戦後に確立した平和憲法を守り続け、戦争や核兵器のない国を目指す主導的な役割を担ってほしいと念願し、平和の誓いとします。

please rend us your strength to eliminate nuclear weapon from the face of the earth, and make sure that Nagasaki is the last place on the earth to suffer an atomic bombing thank you.

(編集部訳:地球上から核兵器を廃絶し、長崎を最後の被爆地とするために皆さんの力を貸してください。ありがとうございました)

 2019年令和元年 8月9日 被爆者代表 山脇佳朗

◇広島平和宣言(8)…多くの人が納得する宣言とは思えない

 平和記念式典では、総理にヤジを飛ばすなど、ひんしゅくを買うような行為もなく世界に発信しても恥ずかしくないと思う。

 市長による平和宣言は年々改善されているが、気になる点もあった。

 「今世界では自国第一主義が台頭し、国家間の排他的対立的な動きが緊張関係を高め、核兵器廃絶への動きも停滞…」と冒頭で述べたことには賛同できない。

 どこの国の誰を批判しているのか、誰もが思い浮かべることができるだろう。式典の参列者には大使館員も含まれている。自国への批判と感じれば不快な気分になっただろう。

 自国第一主義が問題なら、中国は共産党第一主義、北朝鮮は金委員長第一主義だろう。自国第一主義よりそちらの方がはるかに問題である。

 「…日本国憲法の平和主義を体現するためにも…」と、今年も日本国憲法に言及したが、とんでもない認識である。

 憲法によって国の平和、安全が脅かされるようなことがあってはならないと考えるから多くの国民が憲法論議を進めることに賛成なのである。

 憲法9条の第2項には戦力を保持しないこと、交戦権を認めないことが記されている。文言通りの解釈なら他国に侵略されても戦うことすらできない。

 人権も生存の権利さえも放棄させられた憲法と言っても過言ではない。逆に戦争を誘発するような憲法である。国民が虫けらのように殺されてもそれを受け入れろということが平和主義なのか、いい加減に目を覚ませと言いたくなる。

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 今世界では自国第一主義が台頭し、国家間の排他的対立的な動きが緊張関係を高め、核兵器廃絶への動きも停滞しています。このような世界情勢を皆さんはどう受け止めますか。二度の世界大戦を経験した私たちの先輩が決して戦争を起こさない理想の世界を目指し、国際的な協調体制の構築を誓ったことを私たちはいま一度思い出し、人類の存続に向け理想の世界を目指す必要があるのではないでしょうか。

 特に次代を担う戦争を知らない若い人にこのことを訴えたい。そして、そのためにも1945年8月6日を体験した被爆者の声を聴いてほしいのです。

 当時5歳だった女性は、こんな歌を詠んでいます。「おかっぱの頭(づ)から流るる血しぶきに 妹抱(いだ)きて母は阿修羅(あしゅら)に」

 また、「男女の区別さえ出来ない人々が、衣類は焼けただれて裸同然。髪の毛も無く、目玉は飛び出て唇も耳も引きちぎられたような人、顔面の皮膚も垂れ下がり、全身血まみれの人、人」という惨状を18歳で体験した男性は、「絶対にあのようなことを後世の人たちに体験させてはならない。私たちのこの苦痛はもう私たちだけでよい」と訴えています。

 生き延びたものの心身に深刻な傷を負い続ける被爆者のこうした訴えが皆さんに届いていますか。

 「一人の人間の力は小さく弱くても、一人一人が平和を望むことで、戦争を起こそうとする力を食い止めることができると信じています」という当時15歳だった女性の信条を単なる願いに終わらせてよいのでしょうか。

 世界に目を向けると、一人の力は小さくても多くの人の力が結集すれば願いが実現するという事例がたくさんあります。インドの独立はその事例の一つであり、独立に貢献したガンジーは辛く厳しい体験を経て、こんな言葉を残しています。

 「不寛容はそれ自体が暴力の一形態であり、真の民主的精神の成長を妨げるものです」

 現状に背を向けることなく、平和で持続可能な世界を実現していくためには、私たち一人一人が立場や主張の違いを互いに乗り越え、理想を目指し共に努力するという「寛容」の心を持たなければなりません。

 そのためには、未来を担う若い人たちが原爆や戦争を単なる過去の出来事と捉えず、また、被爆者や平和な世界を目指す人たちの声や努力を自らのものとしてたゆむことなく前進していくことが重要となります。

 そして、世界中の為政者は市民社会が目指す理想に向けて共に前進しなければなりません。そのためにも被爆地を訪れ、被爆者の声を聴き、平和記念資料館、追悼平和祈念館で犠牲者や遺族一人一人の人生に向き合っていただきたい。

 また、かつて核競争が激化し緊張状態が高まった際に、米ソの両核大国の間で「理性」の発露と対話によって、核軍縮に舵を切った勇気ある先輩がいたということを思い起こしていただきたい。

 今、広島市は約7800の平和首長会議の加盟都市と一緒に広く市民社会に「ヒロシマの心」を共有してもらうことにより、核廃絶に向かう為政者の行動を後押しする環境づくりに力を入れています。世界中の為政者には、核不拡散条約第6条に定められている核軍縮の誠実交渉義務を果たすとともに、核兵器のない世界への一里塚となる核兵器禁止条約の発効を求める市民社会の思いに応えていただきたい。

 こうした中、日本政府には唯一の戦争被爆国として核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい。その上で、日本国憲法の平和主義を体現するためにも、核兵器のない世界の実現に更に一歩踏み込んでリーダーシップを発揮していただきたい。また、平均年齢が82歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

 本日、被爆74周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。

 令和元年(2019年)8月6日
            広島市長 松井 一実

 

◇議員活動が十分にできれば

 れいわ新撰組から立候補した舩後靖彦氏(61)と木村英子氏(54)が当選した。舩後氏は自力で身体を動かすことも言葉を発することも難しい筋萎縮性側索硬化症という難病の患者で、意思の疎通は目や口の筋肉の僅かな動きと文字盤で介護者に意思を伝えるという特別な対応が必要なのだそうだ。

 木村氏も脳性麻痺で身体を自由に動かすことができない。意思の疎通には介護者の特別な対応が必要なのだそうで、二人とも大型の車椅子と介護者が欠かせない。

 今後二人は国会議員としての務めを果たすために非常な困難に出合うだろう。国会は日付が変わるくらいの長時間審議もしばしばで相当に体力も必要である。また、議員の発言は予め知らされることもないので審議内容(状況)を理解するのも大変だろう。

 有能な議員が障害のために、あるいは病気のために引退していった例は少なくないが、重度の障害にもかかわらず立候補したのは相当な覚悟があってのことだろう。

 国会議員は当選したばかりでも、基本給として月額129万4千円、期末手当635万円、文書通信交通滞在費(月100万円)、立法事務費(月65万円)、秘書給与(3人まで雇用可、1人600~800万円)、その他調査のための派遣旅費や日当などを合わせると、年に6000万円を超える経費が必要になるなど、国会議員であることの重みは障害者であっても軽くはならない。

 話題性もあり今後二人は多くの国民の注目をあびることになる。議員としての評価が得られれば非難や攻撃を受けることもないだろう。障害があっても務めが果たせるということを見せてほしいものである。

◇信頼されての人気とはかぎらない

 夕方のテレビ(昨年の12月)を見ていたら、小泉進次郞議員が政権交代は必要と話していたが、メディアに登場すればするほど人間性や政治家としての力量に疑問を感じてしまう。

 民主党への政権交代がどうなったかを忘れたのだろうか。政権への批判ばかりでまともな議論にならない野党に政権交代したらとんでもないことになるだろう。我が国の置かれている状況、世界の情勢を考えたら無責任なことはできない。

 与党議員でありながら政権交代は必要と主張する人間は、野党から支持されても与党議員から信頼されるのだろうか。やがては総理にと期待される人間ではあるが、そんな期待は小さくなるかもしれない。

 抜群の人気は国民の信頼を得たことで得られたものとはかぎらない。演説が上手、若くて格好いいといったことかもしれないのである。人気が一気に地に落ちたことなど政治の世界ではよくあることだろう。軽率な言動を続けていたら小泉議員もそれを体験することになる。

◇躊躇している暇はない

 過去のブログ「尊い仕事なのだが」で、教職員を含め教育関係者には多忙な教育現場を改善するという気概に欠けていたと書いたが、益々忙しくなっている状態らしい。

 精神疾患による休職者が5千人になる状況であれば、精神科で薬を処方されている人はその何倍になるのだろう。日ごろ元気に働いている職員から「実は病院で…」と打ち明けられ驚いた記憶がある。

 家族や今後のこともあり絶対に無理をしないよう話したが、こちらが知らないだけで他にもいるかもしれないし精神科での診察に迷っている職員もいるかもしれないと考えると、教職員の負担軽減は何が何でもやらなければならないと感じた。そして、教師は立派でなくてもいい、普通であれば十分と考えるようになった。

 平成30年度の教員採用試験の競争率が報じられ(5月23日、産経新聞た。それによると、採用者の多い小学校の競争率は3.2倍(中学校の競争率は6.8倍、高校は7.7倍)で7年連続の減少だった。自治体別では、新潟県が1.8倍、福岡県が1.9倍で多くが3倍以下だった。ブラックと言われる過酷な教育現場はもはや放置できない状況にある。

 足利市内には例年行われてきた家庭訪問を止めた学校があるが、今ほど勇気ある取り組みが求められている時代はない。