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本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇死刑の執行は滞ることなく

 7月6日、地下鉄サリン事件など、多数の犠牲者を出したオウム真理教事件で死刑が確定していた元教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫と元幹部6人の死刑が執行された。

 刑事訴訟法には、死刑確定から6ヶ月以内に、法務大臣の命令により死刑を執行すると定められているが、共犯者の逃亡中や公判中には執行しないので今までできなかったのだろう。

 今年1月、共犯者である高橋克也被告の裁判が終結したので6ヶ月以内で刑の執行があると考えていた。死刑については、再審請求など諸々の事情で刑の執行ができないこともあるのだろうが、法務大臣の信条(や怠慢)によって見送られることがあってはならない。死刑の判決は裁判所が出したのであって、大臣にその是非を判断する権限はない。

 千葉県市川市の会社役員宅で一家4人を殺害した死刑囚(44歳)、犯行時19歳の刑が執行(昨年12月)されたが、死刑確定後16年も経過しての執行は余りにも遅すぎである。1999年の山口県光市の事件の死刑囚(犯行時18歳、現在37歳)も、死刑が確定して6年も経過しているのに執行されていない。奥様とお子さんを殺された本村洋さんの無念は刑が執行されても晴れることはないだろうが、被害者の心情を僅かでも汲み取るべきである。

 被害者の人権を踏みにじり、未来を奪った卑劣な事件が忘れ去られた頃になって刑を執行するようなことは改めるべきである。死刑に反対する人もいるが、多くの国民は賛成しているのである。法務大臣には今後も職責をしっかりと果たしてほしいものだ。

◇その位に在らざれば

 国家社会の指導者である君子は、政治を行う者としてその地位にいるのでなければその政務についてあれこれ言わないと孔子は述べている。その立場にはその立場でしか分からないことがあるということだろう。(子曰、不在其位、不謀其政)

 前校長などによる後任の校長批判を耳にすることはほとんどない。その地位に在らざればという気持ちがあったり、思うところを公言しないからでもある。職を離れた身なら当然のことで、後任批判は人間性を疑われることにもなる。

 小泉元首相はメディアの前でしばしば首相を批判しているが、今度は麻生大臣も批判した。ルーピーと言われた首相が次の首相をペテン師と批判したことに呆れたが、元首相による現首相などへの批判は民主党にも劣らぬ見苦しい姿であり老害としか言いようがない。

 メディアの前で苦言を呈する議員が1人くらいいてもよさそうなものだが、元首相への配慮なのか、自民党からも政権からも批判は出てこない。後輩批判によって、首相としてのかつての栄光は地に落ち軽蔑されることになるだろう。

◇鬼畜の所業である

 今年3月、目黒区のアパートで船戸結愛ちゃん(五歳)が父親に暴行され死亡した事件で、父親と母親が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕(6月6日)された。あまりにも悲惨な事件に捜査員たちは涙をこらえられなかったとのことである。

 結愛ちゃんがノートに書き残した文章を読んで涙を流した人は少なくないだろう。人間のすることではない。

 香川県に住んでいた時には児相が2度も一時保護をし、目黒区に転居した時には品川児相に対応を引き継いだとのことなのに、どうして救えなかったのだろう。

 現職だった頃の児相には不信感ばかりが募った。学校現場の人間には納得できない対応が多すぎたからだった。知り合いの現職の教師が児相の一員として来校したことがあった。どういう関係で職員になったのかよく分からないが、短期間の嘱託でいずれ学校現場に戻る立場だった。

 校長室で二人きりになった時、それまでの児相への思いを話すと、その教師も入ってみて正直驚いたとのことだった。今はどうなっているのか分からないが、当時私が感じていたことは、プライドが高く学校現場の要望に対する動きは悪く、権限はあっても強い態度を示せない優柔不断の組織ということである。

 2月9日、品川児相は家庭訪問をしたが会わせてもらえなかった。会わせてもらえなかったら警察とともに伺うことになると伝えるだけで保護者の対応は違ったであろう。会えなければ警察とともに伺うべきだったのである。保護者との関係構築よりも命を救うとの毅然たる態度が児相には必要なのである。

◇驕った態度としか思えない

 小泉進次郎筆頭副幹事長が参院選の議員定数に関する公職選挙法改正案を審議した部会で、国民をなめてはいけないと森友・加計問題に触れながら改正案に対する自民党の姿勢を批判した。

 また、加計学園側が加計孝太郎理事長と安倍首相が面会したとする偽情報を愛媛県に伝えたことに関しても、「どう考えても県に嘘をつくのはおかしい」と指摘し、国会に調査のための特別委員会を設置するよう求めた。

 国民の多くは「森友・加計問題」などいい加減にいてほしいと思っているのに、小泉議員は筆頭幹事長という立場もわきまえず終わりにする気などさらさらないようだ。

 長い教職経験から言わせてもらえば、愛媛県が出した文書など文書と呼べるものではない。単なるメモ書きのようなものを外部に出すなど常識外れである。学校は文書公害などと言われるくらい各種文書で溢れている。情報公開の請求があっても公開されるのは公文書だけで、生徒の成績などを書いた教師の個人的な手帳などは公開されない。

 国民をなめてはいけないとの発言は、自分は国民に支持されている、国民の側に立っているのは自分との思いがあるからだろう。思い上がっているとしか思えない。

 人気があっても、それは国民の意思を代表しているということではない。また、国民に信頼されているということでもない。国会議員にとって重要なのは人気の有無ではない。重要なのは人気はなくても国家国民のために地道な活動を続け信頼される議員になることだろう。

◇厳罰が下されても当然だろう

 平成28年10月に自殺した神戸市立桃山台中学校3年の女子生徒に関するいじめの調査メモが隠蔽されていた(6月7日 産経新聞ことが分かった。報道内容に多くの人が驚き憤りを覚えたことだろう。

 女子生徒へのいじめを記した調査メモは、市教委の主席指導主事が指示し、それに従った前校長により隠蔽されたのである。

 平成29年8月23日、現校長は市教委が設置した第三者委員会の報告書で破棄とされていたメモが校内に保管されていたこと、また、隠蔽の事実を確認して市教委に報告した。

 9ヶ月以上も経った今月3日になって市教委はこのことを公表したが、どうしてこんなに遅れたのだろう。あまりにも無責任、不誠実であり、生徒の命、子を失った保護者の気持ちなどどう思っていたのだろう。隠蔽を指示した指導主事、指示に従った校長は、学校現場を正しく指導していく立場であり、今後教育の職に止まることが難しいだろう。

◇倒閣が目的のメディアと野党にうんざり

 反日のメディアと野党にとって安倍政権はどんなことをしてでも倒さなければならない存在なのだろう。そのためにやっていることは、常軌を逸しているといったレベルをはるかに越えてもはや狂っているとしか言いようがない。

 森友や加計問題など、テレビのワイドショーで取り上げるような内容を国会で延々とやられたらもういい加減にしろと誰だって思う。国会議員でありながら国難に立ち向かう意志も気概もなく、公平公正であるべきメディアも偏向報道を続け、ひたすら倒閣に突き進むばかりでは自らの存在を否定しているようなものだ。

 同一労働同一賃金は何としても実現してほしいと働き方改革法案の成立を願っている若者が身近にいる。正規職員と非正規では給料にかなりの差がある。同一労働同一賃金になったら、次は非正規を正規職員にする施策を期待するのは当然であり、今のままでは家庭をもって子どもを育てていくのは不安だろう。

 北朝鮮の核やミサイル、拉致問題など、山積する多くの問題には日本が一丸となって取り組まなければならない。国家国民を置き去りにするのはそれが分からないからだろう。国民は本質を見抜きつつあり、いつまでも騙され続けることはないのである。

◇自衛官も国民である

 4月16日の夜、防衛省統合幕僚監部の3等空佐に、小西洋之参院議員が「国民の敵」と罵倒されたとされる問題の調査内容が公表(4月24日)された。空佐の供述詳報を読めば特に大騒ぎするような内容ではなかった。

 公務中のことでもないし自己の思いを国会議員に述べただけであり、多少の失礼があったとしても議員なら謙虚に耳を傾けるべきだったのである。空佐は国民の敵とは言ってないらしいが、今回の件での小西議員の言動は選挙民に強く意識されたことだろう。次の選挙では苦しい展開があるかもしれない。

 空佐の処分は訓戒(5月8日)だった。自衛官の処分には、免職・降任・停職・戒告の他に訓戒及び注意がある。懲戒処分ではなく、下から2番目の処分なので本人も周囲も納得できているだろう。

 防衛大の卒業式での総理大臣訓辞に、励まされ誇りをもって任官した卒業生は多いと思う。自衛隊は日々訓練に励み国民のために活躍しているのであり、敬意を払われるべき存在である。自衛官とて国民であることを国民は理解しているはずで、今後も胸を張って働いてほしいものだ。

 プライドばかり高くて屁理屈をこね、イチャモンをつけてばかりの議員が少なくないが、そういう議員にはいったい何様のつもりなのかと叱り飛ばしたい気持ちになる。