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本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇いじめ(1)…四層構造

 いじめとは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」と、文科省は18年度に定義を改めた。それまでは、「自分より弱い者に対して、一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの」だった。

 いじめは、重大な結果を引き起こす人権侵害である。いじめか、いじめでないかの判断には難しいものもあったが、重要なのは、それを明確にすることではなく、いち早く発見し適切に対応していくことである。そのような対応を促すための変更だったのだろう。

 いじめは発見しにくいと言われるが、その通りである。したがって、いじめは身近なところに常にあると考え、いじめの兆候を敏感に察知する力を身につける必要がある。時には、「人間が二人いれば、そこにいじめはある。仲の良さそうな二人がいれば、それはどちらかが我慢しているだけだ」くらいに考えてもよいとさえ思っている。

 いじめの四層構造を何度か耳にしたことがあるかと思うが、いじめには、「被害者」、「加害者」、「観衆」、「傍観者」に区分される子どもがいる。観衆とは、いじめを見て楽しむ、あるいは、はやし立てたりする子のことで、いじめを奨励することになる。被害者にとっては、直接手を下さないが、いじめの仲間と感じられる。傍観者とは、見て見ぬふり、あるいは何の感傷ももたない子のことで、暗黙の同意を与えることになる。被害者にとっては、孤立感を覚え、精神的に追いつめられることになる。

 いじめをなくすには、加害者とともに、観衆・傍観者をなくしていくことが大切である。全校生徒を前に生徒会本部役員が演じた劇(平成20年6月23日)は、見ていて怖くなったという迫真の演技で、いじめを「しない、見過ごさない、許さない」との気持ちを強くもたせた。今後も、いじめ防止にはこのような取り組みが必要である。生徒会の立派な活動に誇らしい気持ちを味わった。