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本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇あの時を明らかに…それが遺族の願いだろう

 4月26日、石巻市立大川小学校の児童23人の遺族が市と県に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が仙台高裁であった。裁判長は震災前に津波の危険性を予見できたとし、学校は危機管理マニュアルの改訂を怠り市側も是正しなかったとして事前防災が不十分だったと過失を認め、市と県に1審判決の賠償額を約1千万円上積みし、約14億3千6百万円の賠償を命じた。石巻市はこの判決を不服として最高裁へ上告する方針とのことである。

 東日本大震災では大学の同級生が母親とともに亡くなり、同級生たちでお悔やみに伺ったが、その時に大川小学校が大変な状況にあることを知った。児童74人が死亡・行方不明、教職員を合わせると84人が犠牲になった。

 サイレンが鳴り、広報車が高台への避難を呼びかけるなど、大津波警報が伝えられる中にあって、校庭に集められた児童らは5分もあれば避難できる裏山には行かず、30分近くも校庭に待機させられたのである。裏山に逃げた児童は連れ戻され、「津波が来るから山に逃げよう」、「ここにいたら死ぬ」などと泣きながら教師に訴える児童の姿もあったことを知り憤りを覚えた。

 勤務校足利市立中学校)で体験したあの大きな長い揺れにはただごとでは済まないだろうと思ったが、被災地はもっとすごかったはずである。職員の息子さん(大学生)はその時海辺にいたが、活動を中止してすぐに避難したので被害に遭わなかった。キャプテンの判断に職員は心から感謝していた。

 海辺の学校でなくても自校が海抜何m位の所にあるかを学校は知っている。海抜1m位の場所に立つ学校でありながら津波に対する避難場所を定めてなかったこと、津波への避難訓練も実施していなかったことには驚かされる。津波が子ども達を呑み込んでいく状況を思い浮かべると涙が出る。全児童の7割もの犠牲が出たのに、過失はなかったなどということがあるはずないと思うのである。