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本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇津波に対する避難訓練はなかったのか

 東日本大震災で大学の同級生が母親とともに亡くなった。車での避難の途中に津波に飲み込まれたのだった。同級生が特に親しみを感じていた男なので、生きていれば毎年どこかに集まっては同級会が開かれていたことだろう。

 後刻同級生たちでお悔やみに伺ったが、その時石巻市立大川小学校が大変な状況にあることを知った。全児童108人の7割、74人が死亡・行方不明。教職員10人を合わせると84人が被害に遭ったのである。

 地震が起きた時(14時46分)帰りの会の最中だったということだが、児童を校庭に集めた後は避難することなく30分近くも待機させ、5分もあれば避難完了する裏山には行かなかったのである。

 地震が起きた時、私は校長室にいたが、あまりにも長く大きな揺れ、窓から見えた大きな煙突が壊れて落下する様子に、これはただごとでは済まないだろうと思った。震源地から離れていたこともあってか校舎は幸い無事だった。しかし、校舎を繋ぐ連絡通路が壊れて通行できなくなった。

 3月11日は卒業式の翌日で、1・2年生が登校していた。生徒には崖崩れ、塀などの倒壊、落下物、交通事故等に十分注意するよう促し下校させたが、海沿いならば津波を真っ先に心配しただろう。サイレンが鳴り、広報車が高台への避難を呼びかけるなど、大津波警報が伝えられる中で、校庭に待機させた判断には、どう考えても納得できない。体験したことがないあの大きな長い揺れに我が家は倒壊しているかもしれないと思ったくらいだったが、被災地はもっとすごかったはずである。ここにいたら死ぬと言った児童がいたとのことだが、教職員はどう思っていたのだろう。納得して行動(避難)したのだろうか。