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本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇秘してこそ

 どこの学校の教育計画でも、探せば「感化」という言葉が一度や二度出てくるのではなかろうか。教育界は感化ということをとても大切にしているのである。

 30年以上も前のことだが、「先生はセイシンの先生だね」と言われたことがあった。瞬間、何のことだか分からなかったが、「清新」であるはずはないし、「聖心」であるはずもない。「精神」の先生という意味だった。

 教師が自分のことを、「精神の教師です」と口にでもしたら、どういうことになるだろう。軽蔑されるのではないかと思う。自分たちの教育活動を、「感化による教育です」とでも言ったら、同じことになるのではなかろうか。感化という言葉を口にするのは、職員室だけにすべきだろう。

 足利市の学校教育指導計画には、教師は薫陶(くんとう)(=その人の優れた人格で、他人を知らず知らずのうちに感化し、立派な人間にすること)という考え方を念頭に、専門性や人間性を磨くことが大切であるとの記述がある。感化には、いい感化もあれば悪い感化もある。したがって、感化よりも薫陶は、味わい深い崇高な理念であると思う。薫陶も、口にするのは職員室だけにすべきだろう。