にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
にほんブログ村
読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇広島平和宣言(1)…原子力発電は人類と共存できないのか

 昨年の広島平和宣言に疑問を感じたので、次のような内容のメールを広島市に送った。

 - - - - - - - -

 本日の平和宣言には疑問を感じました。途中まではとても良かったのですが、終末部分で、我が国のエネルギー政策に言及したことです。

 核兵器と人類は共存できない」ということなら、そうあってほしいし、そう考える人は大勢いることでしょう。本日の宣言は、原子力発電が人類と共存できないと言っているようなものです。脱原発は、国民の総意ではありません。電力会社の社員や家族、親戚、研究者、企業など、声を上げにくい人達、声を上げない多くの国民は、声高に反対を叫ぶ人たちと同じ気持ちではありません。

 国のエネルギー政策を平和宣言に盛り込み、世界に発信することは、原爆を投下された広島の市長だからできたことですが、逸脱しているように思います。

 いつ、どこで、どのように行われたのか、ほとんどの国民が知らない国民会議、国民の意見が分かれるような脱原発のエネルギー政策、といった内容を盛り込まない平和宣言にしたなら、その重み、意義を失うことはないでしょう。

 広島市長による平和宣言は、日本だけでなく世界からも注目されます。人々の心を突き動かし、二度と核兵器が使われることのない世界(平和)への決意を抱かせるような宣言であってほしいと思います。

 平和学習の意図の下、多くの学校が(修学旅行で)広島市を訪れます。戦争の悲惨さを知るだけでは戦争を防止することができません。戦争の悲惨さを知る人たちが、世界中で戦争している現実を見れば明らかです。国家国民のために身を賭して言うべきことを言い、行動する人間を育てることが大事なのです。前の大戦を防げなかったのはなぜなのか、を含めての学習でなければ平和学習ではありません。

 どこの世界でも見えている人、分かっている人はいるものです。これではいけないと、言うべきことを言うべき立場の人が言い、聞くべきことを聞くべき立場の人が聞き、身を賭して(愛国心をもって)事に当たっていたなら、それでも福島の事故は起きたのでしょうか。

 - - - - - - - -

 原発事故は、当初から人災との声があった。それも素人ではなく、専門家がそう言っていたのである。危険性が指摘され、対策を講じるべきなのにやらなかったということなのだろう。

 平和宣言では、被災地の復興や被災者への思いも述べていた。私たちの心は皆さんと共にある(2012年)被災地の皆さんを応援する(2011年)と述べていたので、当然、広島市がれき処理に協力していると思っていたが、そうではないらしく、がっかりさせられた。

 - - - - - - - -
  2012年 広島平和宣言(抜粋)

   ……………………
                                 ……………………

 2011年3月11日は、自然災害に原子力発電所の事故が重なる未曾有の大惨事が発生した、人類にとって忘れ難い日となりました。今も苦しい生活を強いられながらも、前向きに生きようとする被災者の皆さんの姿は、67年前のあの日を経験したヒロシマの人々と重なります。皆さん、必ず訪れる明日への希望を信じてください。私たちの心は、皆さんと共にあります。

 あの忌まわしい事故を教訓とし、我が国のエネルギー政策について、「核と人類は共存できない」という訴えのほか様々な声を反映して、国民会議が進められています。日本政府は、市民の暮らしと安全を守るためのエネルギー政策を一刻も早く確立してください。また、…………………。