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本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇足利市歌(1)…教えがいがあった

 平成21年度は、放送委員会活動の登下校放送で毎日市歌を流し、22年度には、全生徒が歌えるようになり、合唱コンクールで披露することができた。卒業式での市歌斉唱も立派で好評だった。

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至聖(しせい)の殿堂 稀世(きせい)の古典

 孔子を祀ってある建物足利学校 世にまれな古典論語

  戦塵(せんじん)(あが)れど  学徒は集(つど)

 応仁の乱が起こったが 学ぶ意志のある若者が集い

  昔は東国 教化の巷(ちまた)

 その昔は東国(関東)の教化(人を教え良い影響を与えて善に導く)の場所(といわれた足利)

 科学の精粋(せいすい)  時代の思潮(しちょう)

 科学の最先端 その時代の思想の流れ(を学び)

 機械に意匠(いしょう)に 表現しつつ

 さらに機械やその新しい工夫を表現しながら

 今しもわが国  機織(きしょく)の都

 今まさにわが国で 機織りで栄える都(足利)

 足利 足利 わが足利市

 足利 足利 わが足利市

守りて聳(そばだ)つ 両崖山や

 (私たちを)守り  そびえたつ両崖山

 抱(いだ)きて流るる 渡良瀬川

 (私たちを)抱き 流れる渡良瀬川

 自然の恵の  集まるところ

 自然の恵みの集まるところ(足利)

 煤煙(ばいえん)み空を  おほひはすれど

 煤煙が空をおおうこともあるが

 曇らぬ心に  親しみ交(かわ)

 (市民の)曇らない心は 親しみを交わしている

 共存共栄  忘れじわれら

 自分もまわりの人も共に栄えることを忘れない私たち足利市民)

 足利 足利 わが足利市

 足利 足利 わが足利市

足利市(昭和10年11月16日制定)は、戦後、市内の小中学校で教えられなかったようである。また、現在の市の周辺部は、当時は足利市でなかったので、教わることもなかった。したがって、市民の多くは歌ったことがない。

 歌詞が難しい。今では煤煙が空を覆うことがない。「学徒は集ひ」の学徒は、「学徒出陣」の学徒、と間違った認識をしている人もいて、今更教えても…といった声もあった。しかし、西中学校でも、前任の北中学校の生徒にも非常に好評で、早く教えるべきだったと感じた。足利市歌で検索すれば、西中生による市歌を聞くことができる。)