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本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇子どもを非行にする10ヵ条

 若林繁太先生(1978年、篠ノ井旭高校の校長として、全国から集まった中途退学などの多数の生徒を立ち直らせた教育実践で、読売教育賞を受賞。「教育は死なず」、「家庭の復活」、「学校を立て直す」など、著書多数。故人)は、自らの著書「教育よ、よみがえれ」の中で、子どもを非行少年・少女にする10ヵ条を挙げている。

 非行歴のある生徒50人を抽出しつぶさに調べてみると、共通した面が非常に多いことを発見し驚いた。そこで、その調査を集約し、世人の参考に供すべく発表されたのである。

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1 子どもに学習を強いること

 子どもは自ら進んで学習をしないので、親は子どもの顔を見るたびに、「勉強しろ」と怒鳴りつけるがよい。忙しくて、その暇がない親は、少なくとも朝夕の2回、軽く「勉強しろよ」と言うだけでもよい。これを忍耐強く続けることである。早ければ1ヵ月後、遅くとも3ヵ月後には効果が現われる。すなわち、子どもが完全に勉強嫌いになることは必定だ。

 それでも、親として注意を続けるべきだ。親の注意に反発して、必ず非行を犯すようになるだろう。統計上、学習についていけない者の非行率は、非常に高いことに留意すべきである。彼らは、非行以外にストレスの解消法を知らないからである。不良少年・少女になる条件の最初の段階がそれなのだ。

2 夫婦喧嘩は派手にすること

 なるべく、夫婦喧嘩は子どもの前でやる。それも派手に堂々とやるがよい。NHKの調査によれば、家庭で最も気になることは、父母の夫婦喧嘩と93%の子どもたちが答えている。

 子どもに心配させることは、不良化に最も良い方法であるから、大いに子どもを悩ますことに努力するがよい。だから、1年に1度だけやるようでは効果が薄い。できれば、毎日1度は、定期的にするよう心がけるべきである。

 すると、子どもは闘争的性格に成長し、学校内でも校外でも、常に闘争を好むようになり、やがては非行グループに歓迎されるようになる。うまくすると、番長に推薦されるかもしれない。なぜなら、彼らの世界には、力の強い者が上位を占める掟があるからだ。この際、勉強ができるできないは関係がない。

 非行原因を調べてみると、まず第1にあげられるのが、「家庭の不和」である。家庭が常に荒れている場合、非行発生の温床として理想的な環境といえる。特に父親が愛人を作ったとか、母親に男がいるという性的原因で家庭が乱れている時、正義感や潔癖感の強い少年時代のことであるから、子どもたちの不良化には、最高の条件といえる。

3 不平はたゆみなく主張すること

 不満なことは世の中に充満している。これをじーっと胸の中に押さえておくことは健康的にもよくない。『徒然草』にもあるように、「腹ふくるるわざ」である。こんなものは、早く腹から追い出してしまった方がよい。

 あらゆる不平、不満を子どもの前で披瀝し、憤慨することだ。すると、胸の中が「すーっ」とし、気が軽くなる。だから絶えず「すーっ」となるためにも、自ら不満を求めて発表するがよい。「郵便ポストは、なぜ赤くなくてはいけないのか、青でもよいではないか」こんなことにも腹を立てよう。「父ちゃんの背の低さ」も気になるから、どんどん不平を言うがよい。

 最も効果的な方法は、年がら年中、ブツブツと不満を独り言のように言うことだ。こういう家庭に育った子は、例外なく不満家となる。そして、友人のこと、先生のこと、親のこと、すべてが不満に満ちた存在に見えて、毛嫌いし、孤立化していく。

 そのストレスの解消法は非行しかない。非行を犯す子どもたちの多くは、不平家であることを考えると、理屈の通らぬ事でも、不可能なことであっても、要は、本人が不満に思えばよいのであるから、常に不満を創造することが必要である。できれば、それが習性となるよう、不満感をいつも植え付けておくことが望ましい。

 特に家庭の内容、経済状態を大袈裟に吹き込んでおけば、ハッタリの強い不平家が養成されるし、反対に極端な謙遜をして、今にも一家が離散するかのような話をすれば、劣等感がさらに強まり、結果として自暴自棄になり、自分より生活の良い者に対して、いつも不満を感ずることとなる。

 前者の場合は、嘘を平気で言う人間となり、将来、知能犯となる素質に育っていくことであろう。後者の場合、すぐ「かーっ」と怒りやすい性格になり、将来暴力犯として成長する。どちらがよいかは、両親の選択にお任せしよう。

4 子どもを徹底して大切にすること

 子どもを大切にすることは当然である。だから、子どもが失敗したり、困ったりすることのないよう、あらかじめ親が子どものことを、すべてやっておくことである。

 ナイフなど持たせて、指でも切っては大変だ。切れば痛くて血が出ることを、よく説明してナイフを取り上げるべきだ。鉛筆などは、親が削ってやるか、鉛筆削り器を買って与えることである。それも、なるべく電動式がよい。そのうちに、リンゴの皮も独りでむけないような子に成長し、わがままを通す子となり、非行発生条件がしだいに整ってくる。

 部屋の掃除など、大切な子どもにさせるなんてとんでもないことだ。親が全部清掃し、常に子どもが気持ちよく、いつでも使えるようにしておくべきである。子どもの世話は、徹底的に親がやるようにしたいものだ。過保護と言われるようでなければ、非行少年や非行少女は育たない。

 子どもが口の周りを汚したら、すぐハンカチで拭いてやるような母親であってほしい。やがて、この子には、世間を安易に見る習慣がつき、依頼心の強い子に育っていくことだろう。一日も母親なしには生活できないようになり、勤労意欲もなく、母親から離れない。その反面、わがままが高じて、気に入らぬ事があると、暴れるようになってくる。内弁慶になって、親に暴力を振るうような子どもに育てるには、この方法が最もよい。

5 夫婦は教育理念を違えること

 なるべく夫婦の教育方法は、変えた方がよい。夫が、子どもを厳しく叱責しているときは、妻は、すかさず、「子どもを、そんなに叱らないでちょうだい、かわいそうに」と言いながら、子どもを抱きしめることが大切だ。すると、夫の叱責していることは無意味となり、子どもにとり、「父は恐いもの」という意識以外は感じられなくなってくる。

 間違っても子どもに「お父さんの言うことが正しいのよ、これから気をつけましょうね」などと、夫に同調するようなことを言ってはならない。子どもは、だんだんと非行化から、遠ざかっていくからである。その際、夫のとるべき態度としては、妻に、「お前は子どもを甘やかし過ぎる」と正直に言って罵倒することが必要だ。それも、妻の過去などをあばき、いかに妻が教育的に無能な女であるかを子どもに説明し、自分の立場を回復するように心がければ、一層効果的となる。

 できれば、子どもの前で、どちらが子どものために教育を考えているか、お互いに心ゆくまで怒鳴り合ってみるのもよい。子どもは、そんなことに異常な興味を示すものだし、よく記憶しているものである。後年子どもが、両親の前でその時の情景をつぶさに語り、わが子ながら以外に記憶力の旺盛なのに驚き、頼もしく感ずる時が来る。

 夫婦相互の教育理念の相違により、子どもに対する教育は、完全に相殺され、教育は無に等しい状態になる。それは、放任と同じ効果を生み、非行化しやすい家庭環境となる。子どもの躾については、夫婦してその信念を曲げてはいけない。夫が白と言っても、妻は黒と思ったら、あくまで黒を通すべきである。判断は子どもがするであろう。

6 子どもの要求は何でも聞き入れること

 子どもは、何でも見たり聞いたりすると、考えなしに欲しがるものである。それが自分にとって本当に必要な物かどうか無選択である。だからといって、それに親が横槍を入れる必要はない。

 何でも子どもが欲しがるものを買ってやることだ。選択力はその中で養成される。しかし、確実に耐えることのできない子どもに育っていくことだろう。耐えることのできない性格は、非行とは密接な関係にあるから、起爆剤を抱えているようなものだ。いつ爆発してもおかしくないような状態が、これによって作られる。あとは動機を待つだけで十分である。したがって、小遣いなども、できるだけ多く与えるがよい。

 できれば毎月いくらなどとみみっちいことを言わずに、遣いおわったら必要なだけ埋めてやることが望ましい。十分に小遣いを与えているから、非行などはしないだろうと思うのは大間違いである。

 子どもに小切手帳を渡していた父親があった。無制限の小遣いである。この子は盗癖があるので、十分に金を持たせておけば治癒すると思ってのことであった。1年後、この子は万引き団のリーダーとなっていたのである。この小切手は、リーダーの地位を買うのに役立っていたのだ。

 これによっても分かるように、どんどん際限なく小遣いを渡すことによって、非行化は急速に進むものである。それ程余裕のない時には、できるだけ多く、身分不相応に持たせるよう心がければよい。そのうちに、相応の働きが出てくるかもしれない-非行化によって…。

7 子どもの人格を常に評価すること

 子どもといえども人間である。その人格を大切にしなくてはならない。したがって、子どもの部屋などに親が入ることは、絶対につつしまなくてはならない。だから、子どもが自分の部屋で何をやっているか、親は知らなくてもよいのである。子どもが何をやろうとも、子どもの自由だ。

 放任しておけば子どもは子どもなりにやっていくだろう。こういう親の考えがあれば、子どもの非行化は容易である。子どもがどこに行き、どんな行動をしているか、など気にする必要はない。それを知ろうとすることは、子どもを疑うこととなり、子どもとの信頼関係を失う結果となる。

 特に子どもが望むならば、子どもの部屋に電話を架設することなど、非行化するには理想的な環境作りといえよう。子どもは、親に知られずに外部と連絡を取ることができるし、居ながらにして、色々な情報を収集できるからである。非行を犯した子どもの中で、自室に電話を架設してある子どもが、比較的高率であるのも、こんな理由によるものであろう。

 また、子どもの外泊は止めることはない。自立心があってよいではないか。それに、子どもの人格を尊重するからには、とことんまで尊重して信じてやることである。代わりに親の自由も子どもに認めさせることである。子どもの前でも親は自由に振る舞うとよい。「子どもが見ているから」と急に模範的な行動をするのは、建前だけのことであろう。いつも本音で行動することである。何も隠す必要はない。夫婦の愛情交換もよいし、子どもの前で、ポルノを見たり読んだりすることも、親の自由であろう。要するに、親は子どもの前で自己の人格を正直に表現することだ。

8 子どもは勝手に行動させること

 子どもの自主・独立の精神を確立させるため、自分のことは自ら解決させるように心がける。したがって、子どもが親に相談するようではいけないし、親もそんな相談に応じてはいけない。できるだけ子どもとの会話を少なくして、自立心を養成する。また、早くから自分の将来を決定する必要はない。自ら必要と思うまで、放置することが大切だ。

 非行を犯す者のほとんどが、無目的な子どもたちである実績を見ても立証されている。自分の将来に対して、早くから確定しているような子どもは、非行化しにくいのである。目的をもち、懸命にその目的実現に努力しているような子ども、クラブ活動や仕事に熱中している子どもは非行などに全く興味をもたないので、いずれも非行少年や少女に縁がない。ただ、ゴーゴー遊びや、ディスコなどに夢中になっている子どもは例外である。遊び、それ自身はよいとしても、非行とは隣合わせの存在である。

 したがって、非行をする条件としては、そういう場所になるべく数多く出入りすることがチャンスを多くすることになる。そんな状況は、よく気をつければ友人関係などから知ることができるが、とやかく言わない方がよい。

 最も理解のある親のような態度で、できるかぎり知らぬ顔をし、見逃すことである。そうすることによって、子どもは安心して危険な場所に出入りできるので、非行化を早める手助けができる。

9 常に子どもを他人と比較すること

 自分の子どもが正常に発達しているかどうかは、他の子どもたちと比較してみることによって分かる。だから、他の子どもとの比較を怠らず、その結果を子どもに知らすことによって発奮を促すとよい。子どもはとかく忘れがちであり、無視しがちであるから、毎日のように徹底的に知らせることが必要だ。

 「隣の太郎ちゃんは、朝6時から勉強しているそうよ。成績だって1番で、先生から誉められたんだってよ。お前も少しは見習わなくてはね、怠けていてはダメ」という具合に、何度も何度もくどいほど子どもにたたき込むべきである。子どもがもうたくさんだと反発するようだと、一応の成功だと言えるだろう。

 たたき込まれた子どもは、次第に劣等感と自信喪失を起こし、やけ意識の結果、間違いなく非行傾向を強めることは請合いである。特に効果があるのは、兄弟との比較であろう。

 子どもたちは、常日頃兄弟を比較の先端に選ぶものである。それは、幼児の1、2歳から始まっている。最初は、「俺より弟ばかり可愛がっている」とのねたみから、「俺を不要な存在と思っているのではないか。弟だけを可愛がっている親の姿がその証拠だ」と、かなり理論的な分析をするまで、一貫して自虐的思索をするものである。

 それを活用して、「あなたはダメね。弟は誉められ者で、将来が期待できるが、あなたはたぶん、ろくな者にはならないだろうね」と憎らしげに言うとよい。子どもは憤激し、親の期待通りにろくな者にはならないだろう。

 幸いなことに、現今の子どもたちは、親のそのような言葉に発奮し、真面目でよい子になろうと努力するような忍耐力は持ち合わせていない。まず親の思惑は間違いないと思ってよいであろう。子どもは、こんな親の言動から、さらに劣等感を深めていく。

 劣等感が深まると、虚弱なものは窃盗のような個別的な非行へ走りやすく、頑健な子どもは、集団暴力行為や恐喝のように、集団をリードしていく組織的非行に接近していくことになる。

 兄が優秀なのに、弟は全く厄介者だとか、兄が世間の嫌われ者なのに、弟は誉められ者というように、どうして兄弟でこんなにも違うのかと不思議に思われる例が世間にはたくさんある。それは、親が、兄弟のどちらかの劣等感を刺激した結果である場合が多い。

10 流行に遅れない子どもにすること

 子どもたちは、流行に敏感である。落ちこぼれた子どもほど、流行を気にするものである。劣等感を払拭するためには、せめて時代の流れに遅れないことが彼らの慰めでもあるのだ。

 目的をもった子どもは、全精力をその目的完遂に消費してしまうので、わりあい流行を気にしない。したがって、流行を気にしない子は非行とも縁が遠い。ただ、高校1、2年くらいになると、さすがに色気が出てくるので、多少髪型や服装に気をつかうのが普通である。しかし、この場合であっても、親が極端に気づくような変化はない。「あの子も年ごろだなあ」と思わせる程度で、気にするほどのものではない。

 しかし、劣等感を癒そうということになると、はっきりと誰の目にも分かるくらいの変化が出てくる。例えば、髪を染めて赤くしてみたり、アイシャドウを用いるとか、服装をやたらと気にするようになる。男の子はパーマをかけたり、髪を大切にし、少しの乱れも気にする。服装も普通の学生服では気に入らず、長ラン(モーニングのように裾の長い上着)や刺繍入りの裏地を欲しがるようになる。

 また、ネックレスや指輪を用いたり、煙草を吸って気取ったりする。これが進行すると、やがては窃盗が始まる。それも、すべて身の回りの装飾品が中心である。男子の場合、バイク窃盗がこれに加わる。これは金をいくら与えても防止することはできない。装飾品など、一つ一つ親に見せるわけにもいかないし、なにか気恥ずかしい気もするからであろう。この年頃の子どもたちは、悪いように見えても、皆、純真な気持ちが、心の奥に残っているものだからである。

 親は、買ってやった覚えのない物を子どもが持っていても、追求してはならない。それは、どんな方法であろうとも、子どもが懸命に、自らの手で得たものだからである。むしろ、「うまくやったなあ」と誉めてやるぐらいがよい。すると、子どもは、尚一層精進して、親の負担にならないよう気を配りながら、次第に高価な装飾品を得ようと、エスカレートするものだ。

 装飾品が未だ高価でなかったり、化粧品のメーカーがバラバラであれば、まず万引きが成功しているものと判断して差し支えない。品物が豊富で、高級品が多く、化粧品のメーカーが一定している場合には、女子は売春していると思って間違いないし、男子は万引きも高度化し、熟練の域に達しているか、恐喝などの非行を常習していると思ってよい。

 子どもがバイクを欲しがる場合には、500CCか俗にいう7半(750CC)の大型を買ってやるがよい。子どもの要求を断ると、バイク窃盗などの事件を起こし、学校に知られたり警察にマークされるなどして、正常な子に戻される怖れがあるからだ。

 小さなバイクを買い与えれば、翌年はさらに大きなバイクを要求してくるだろう。だから、最初から大型バイクを買うべきである。また、暴走族に入っても、小型バイクでは馬鹿にされるからだ。ただ、この欠点は、非行になる前に死亡してしまう確立が非常に高いことだ。死亡までに至らなくも、植物人間になる可能性があり、その準備を忘れてはならない。この辺の状態にまで到達すれば、少年、少女ともに、非行化は完成したと判断してもよいであろう。

 以上非行少年・少女にする10ヵ条を挙げてみたが、この中には、正しい育て方を示唆したものもある。それが意識の相違で非行化に変わっていくのだが、その正しい面と間違っている面との限界を、はっきりと指摘できる保護者は、立派な家庭教育をしている人である。

 この10ヵ条の見方として、1ヵ条でも自分の子どもに該当するからといって、あわてたりする必要はない。人にはそれぞれ個性があり、生活環境や学習環境も相違している。したがって、現時点では、該当するように見えても、向う方向や内容によっては、全く心配のない場合もあるからだ。だが、5ヵ条以上となると放ってはおけない。かなり危険な生活環境の中、子どもが育っている、と見られるからだ。よほど子どもがしっかりしているか、親子の情愛が確実に伝わっていないと、次第に悪の道へ傾斜していくと思われる。

 7ヵ条以上該当するとなれば、すでにあなたの子は、非行路線にのって進行していると思ってもよいであろう。これからの対応に気をつけ、生活環境の変化に一工夫が必要である。

 10ヵ条全部が該当している場合には、あなたの子は、完全に非行少年であり、非行少女である。少年院に収容されるのも時間の問題かもしれない。

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 私は、平成13年3月に若林先生のお宅に伺った。そして、当時のお話や先生の信条など、貴重なお話をお聞きした。先生は紛れもない本物の教育者であると感じた。

 篠ノ井旭高校の先生方の驚異的な実践に、校長として特に指導したことはないということだった。先生方が活動し易くなるように、環境整備をしたのだそうだ。「目の前の障害物をそのままに、後ろから尻を叩くようなことをしなかった。教師は本来まじめで、活動し易い環境にすれば、黙っていても行動する。あの実践は正直私の想像をはるかに超えていた」とのことだった。

 校長としての心構えでは、「違法ではないが望ましくないと言われた実践もあり、教育委員会に出向くと、一斉に私の方を向き、とんでもない男が来た、みたいな顔つきで見られたことがあった。効果を現すと笑顔で迎えられるようになった。だから、信念をもってやりなさい。望ましいか望ましくないかは現場が判断するのです」など、多くのご指導をいただいた。

 日頃私が考えていたことも肯定していただき自信にもなった。そして、最後に、先生の本を買うことができない(品切れ)ので、読めない人もいる。それを残念に思っているとお伝えすると、私の書いた物は、教育のためならどのように使ってもかまわないとのお言葉をいただくなど、心から感謝した訪問だった。