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本来の姿を取り戻す

みんなの心に輝く学校を目指し、中学校長として取り組んだ学校経営や教育課題などについての考えを述べます。

◇2期8年のアメリカよりいいかな

 自民党総裁の任期延長に関しては、ニュースでもしばしば取り上げられているが、早期決着のために議論が盛んに行われているのだろうか。8月26日の読売新聞は、小泉進次郎議員が「なぜ今なのか分からない。急いで議論するべきことがそれか」との疑問を呈したと報じていた。

 総裁の任期を2期6年までとしている党則を変えることについての思いを語ったのだが、延長が必要ないならそう言えばいいことで、そうでないならいつ議論したらいいのだろう。この発言に違和感を覚えた人は少なくなかったろう。

 安倍総理の任期は2018年の9月までだが、3年の延長をしても、安倍総理が引き続き総裁になるとは限らない。「2年後どうなっているか分からないではないか」との小泉議員の発言の通りである。

 総理や閣僚があっという間に交替してしまう日本は、外交面でも内政面でも問題である。長く続けて成果を上げてほしいものだ。3期9年になったら、アメリカの2期8年よりいい制度になるかもしれない。総理として不適格だったら、次の総裁選で選任しなければいいので、3年以内に総理を辞めさせることができるが、アメリカは4年が必要である。良ければアメリカより長くやってもらうこともできる。

 安倍総理にいつまでもやっていられたら、総理になりたくてもなれないなど、3期目の総裁を阻止したい人達もいるだろう。しかし、国民の気持ちになれば、国家国民のためになるなら引き続きやってもらいたいし、ならないなら任期の途中でも辞めてもらいたい。困難な国の状況を考えたら、身を捨てて取り組む気概のある人であってほしいのである。

◇堂々としている姿が見たい

 2016年の夏の甲子園大会は、21日の作新学院対北海の決勝戦をもって終了した。今年はオリンピックと重なり、いつもより注目度は低かったかもしれない。

 テレビを見ていて感じることだが、負けたチームの選手が袋に砂を詰める行為を止めさせたい。そんな場面を相変わらず放映しているが、もう止めてもらいたいものだ。

 NHKに以下のような内容の意見を送った(2014年8月)が、砂を袋に詰めている選手の姿は美しくないし見たくはない。

 高校野球のテレビ中継を見ていて気になっていることですが、それは、負けた学校の選手達の砂の袋詰めと号泣と言ってもいいくらいの悔し泣きです。こんなところは放映しない方がいいと思います。

 本戦出場を果たした代表校の選手達は、小中学生の憧れです。負けた時は、悔しさにじっと耐え、堂々と胸を張って立つ姿を見せてほしいものです。兵庫県の県議のようなことをしてはいけません。

 砂を持ち帰ることには、それなりの思いがあるのでしょうが、砂をかっぱいて袋に詰めるのは、もう止めるべきです。放映もすべきではありません。砂を持ち帰りたい学校は、目立たないようにさりげなくやったらいいのです。

 NHKには、高校生の凛々しい姿を放映し、後に続く小中学生を育てていくとの考えはないのでしょうか。

 2014年の夏、優勝した大阪桐蔭に5対3で破れた明徳義塾の岸潤一郎投手は、「自分がしっかり投げていれば勝てた試合。泣きそうになったが、堂々としている姿を見せたかった」と、涙を流さず砂も持ち帰らなかったそうである。見習ってほしいものだ。

◇長崎平和宣言(4)…もういいよと言われる日が来るかも

 長崎平和記念式典における平和宣言、平和の誓いに疑問を感じた人は少なくなかったろう。国民が反発するような内容は盛り込むべきではない。広島を見習うべきだろう。

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 ▽平和宣言の以下の内容には疑問を感じる。

 [日本政府は、核兵器廃絶を訴えながらも、一方では核抑止力に依存する立場をとっています。この矛盾を超える方法として、非核三原則の法制化とともに、核抑止力に頼らない安全保障の枠組みである「北東アジア非核兵器地帯」の創設を検討してください。……]には、正直呆れた。

 中国、ロシア、北朝鮮は、北東アジア地域の核兵器保有国である。少なくもこの3国が同意しなければ、非核兵器地帯の創設などできない。そんな中で、日本だけが非核三原則の法制化をしたらどういうことになるか考えるべきだろう。

 [この流れを断ち切り、不信のサイクルを信頼のサイクルに転換するためにできることのひとつは、粘り強く信頼を生み続けることです。我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、人道支援など、世界に貢献することで信頼を広げようと努力してきました。ふたたび戦争をしないために、平和国家としての道をこれからも歩み続けなければなりません。]にも納得できない。

 人権を蹂躙しても何とも思わないならず者国家には、人道支援などでいくら貢献しても信頼など生まれないだろう。再び戦争をしないためには、戦争に備えるしかない。これが現実だろう。

 [福島での原発事故から5年が経過しました。長崎は、放射能による苦しみを体験したまちとして、福島を応援し続けます。]と述べているが、長崎は福島のために何をしたのだろう。

 福島県民が感謝するような貢献でもしたのだろうか。放射能に汚染された廃棄物の受け入れをしたのだろうか。風評被害を払拭するために福島県産品の消費拡大に協力しているのだろうか。

 ▽平和への誓いは、原爆で亡くなられた方々の御霊を冒涜し、被爆者を更に傷つける結果を招くような内容と感じる。

 [しかし、私たちは絶対悪の核兵器による被害を訴える時にも、日中戦争やアジア太平洋戦争などで日本が引き起こした過去の加害の歴史を忘れてはいません。]歴史認識には、

 ここで述べる必要はないと感じた人も少なくなかったろう。加害者としての側面、被害者としての側面など、想起することは複雑である。

 [わが国は、過去を深く反省し、世界平和の規範たる「日本国憲法」を作りこれを守って来ました。今後さらに「非核三原則を法制化」し、近隣諸国との友好交流を発展させ、「北東アジアの非核兵器地帯」を創設することによりはじめて、平和への未来が開けるでしょう。]には、情けない気持ちになった。

 世界平和の規範とは、どこの誰がそう考えているのだろう。世界中の人達がそう考えているのだろうか。日本国憲法が世界平和の規範なら、そのことを世界に訴え憲法改正を促すべきだろう。

 日本国憲法は、日本のどんな人達が中心になって作ったのだろう。作ったのは日本ではなく、GHQだったのではないのか。

 拉致被害者を帰すこともなく、ミサイルや核実験に邁進し、国民を虫けらのように殺してしまう国家と友好交流ができるとは子どもでも思わないだろう。

 [国会及び政府に対しては、日本国憲法に反する「安全保障関連法制」を廃止し、アメリカの「核の傘」に頼らず、アメリカとロシア及びその他の核保有国に「核兵器の先制不使用宣言」を働きかけるなど、核兵器禁止のために名誉ある地位を確立される事を願っています。]には、

 こんな安全保障では、わが子や孫が侵略され殺されてしまうことになるかもしれない。被爆老人の心配無用である。

 [科学の発展が人類の幸せに貢献せず、資源の独占と貧富の差が拡大する限り、世界の不安定は益々厳しくなるでしょう。]の認識にも納得できない。

 世界の不安定の要因として、差別や偏見、束縛などによって人権が侵害され、あるいは、民族としての尊厳が踏みにじられていることの方がはるかに大きな問題だろう。

 [私たち被爆者は、「武力で平和は守れない」と確信し、核兵器の最後の一発が廃棄されるまで、核物質の生産、加工、実験、不測の事故、廃棄物処理などで生ずる全世界の核被害者や、広島、福島、沖縄の皆さんと強く連帯します。長崎で育つ若い人々とともに「人間による安全保障」の思想を継承し、「核も戦争もない平和な地球を子供たちへ!」という歴史的使命の達成に向かって、決してあきらめず前進することを誓います。]

 武力で平和は守れないのは確かだろう。しかし、武力なくして平和が保てないのも確かだろう。核兵器の最後の一発が廃棄されるまで広島と連帯するのは分かる。福島も被曝ということでの連帯はあるだろう。しかし、沖縄はどういうことなのだろう。沖縄とは不測の事故でということなら、不測の事故は沖縄だけではない。また、「人間による安全保障」の思想とは初耳だが、世界で認知されてるのだろうか。

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 平和宣言も平和への誓いも世界に発信されることを考えたら、国民の代表者との自覚と配慮が必要だろう。国民が反発するような記念式典を続ければ、やがて被爆者などどうでもいいと思う国民が出てくるかもしれないのである。

 

   長 崎 平 和 宣 言

 核兵器は人間を壊す残酷な兵器です。

 1945年8月9日午前 11時2分、米軍機が投下した一発の原子爆弾が、上空でさく裂した瞬間、長崎の街に猛烈な爆風と熱線が襲いかかりました。あとには、黒焦げの亡骸、全身が焼けただれた人、内臓が飛び出した人、無数のガラス片が体に刺さり苦しむ人があふれ、長崎は地獄と化しました。

 原爆から放たれた放射線は人々の体を貫き、そのために引き起こされる病気や障害は、辛うじて生き残った人たちを今も苦しめています。

 核兵器は人間を壊し続ける残酷な兵器なのです。

 今年5月、アメリカの現職大統領として初めて、オバマ大統領が被爆地・広島を訪問しました。大統領は、その行動によって、自分の目と、耳と、心で感じることの大切さを世界に示しました。

 核兵器保有国をはじめとする各国のリーダーの皆さん、そして世界中の皆さん。長崎や広島に来てください。原子雲の下で人間に何が起きたのかを知ってください。事実を知ること、それこそが核兵器のない未来を考えるスタートラインです。

 今年、ジュネーブ国連欧州本部で、核軍縮交渉を前進させる法的な枠組みについて話し合う会議が開かれています。法的な議論を行う場ができたことは、大きな前進です。しかし、まもなく結果がまとめられるこの会議に、核兵器保有国は出席していません。そして、会議の中では、核兵器の抑止力に依存する国々と、核兵器禁止の交渉開始を主張する国々との対立が続いています。このままでは、核兵器廃絶への道筋を示すことができないまま、会議が閉会してしまいます。

 核兵器保有国のリーダーの皆さん、今からでも遅くはありません。この会議に出席し、議論に参加してください。

 国連、各国政府及び国会、NGOを含む市民社会に訴えます。核兵器廃絶に向けて、法的な議論を行う場を決して絶やしてはなりません。今年秋の国連総会で、核兵器のない世界の実現に向けた法的な枠組みに関する協議と交渉の場を設けてください。そして、人類社会の一員として、解決策を見出す努力を続けてください。

 核兵器保有国では、より高性能の核兵器に置き換える計画が進行中です。このままでは核兵器のない世界の実現がさらに遠のいてしまいます。今こそ、人類の未来を壊さないために、持てる限りの「英知」を結集してください。

 日本政府は、核兵器廃絶を訴えながらも、一方では核抑止力に依存する立場をとっています。この矛盾を超える方法として、非核三原則の法制化とともに、核抑止力に頼らない安全保障の枠組みである「北東アジア非核兵器地帯」の創設を検討してください。核兵器の非人道性をよく知る唯一の戦争被爆国として、非核兵器地帯という人類のひとつの「英知」を行動に移すリーダーシップを発揮してください。

 核兵器の歴史は、不信感の歴史です。国同士の不信の中で、より威力のある、より遠くに飛ぶ核兵器が開発されてきました。世界には未だに1万5千発以上もの核兵器が存在し、戦争、事故、テロなどにより、使われる危険が続いています。この流れを断ち切り、不信のサイクルを信頼のサイクルに転換するためにできることのひとつは、粘り強く信頼を生み続けることです。我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、人道支援など、世界に貢献することで信頼を広げようと努力してきました。ふたたび戦争をしないために、平和国家としての道をこれからも歩み続けなければなりません。

 市民社会の一員である私たち一人ひとりにも、できることがあります。国を越えて人と交わることで、言葉や文化、考え方の違いを理解し合い、身近に信頼を生み出すことです。オバマ大統領を温かく迎えた広島市民の姿もそれを表しています。市民社会の行動は、一つひとつは小さく見えても、国同士の信頼関係を築くための、強くかけがえのない礎となります。

 被爆から71年がたち、被爆者の平均年齢は80歳を越えました。世界が「被爆者のいない時代」を迎える日が少しずつ近づいています。戦争、そして戦争が生んだ被爆の体験をどう受け継いでいくかが、今、問われています。

 若い世代の皆さん、あなたたちが当たり前と感じる日常、例えば、お母さんの優しい手、お父さんの温かいまなざし、友だちとの会話、好きな人の笑顔…。そのすべてを奪い去ってしまうのが戦争です。戦争体験、被爆者の体験に、ぜひ一度耳を傾けてみてください。つらい経験を語ることは苦しいことです。それでも語ってくれるのは、未来の人たちを守りたいからだということを知ってください。

 長崎では、被爆者に代わって子どもや孫の世代が体験を語り伝える活動が始まっています。焼け残った城山小学校の校舎などを国の史跡として後世に残す活動も進んでいます。若い世代の皆さん、未来のために、過去に向き合う一歩を踏み出してみませんか。

 福島での原発事故から5年が経過しました。長崎は、放射能による苦しみを体験したまちとして、福島を応援し続けます。

 日本政府には、今なお原爆の後遺症に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、被爆地域の拡大をはじめとする被爆体験者の一日も早い救済を強く求めます。

 原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、世界の人々とともに、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くすことをここに宣言します。

   2016年(平成28年)8月9日
          長崎市長 田上 富久

 

   平和への誓い

 幼い頃「神の国日本、ほしがりません勝つまでは」などと教えられて過ごした私は、相次ぐ空襲に逃げまわり、防空壕で息をひそめ、日本の敗戦は近いと思っていました。

 1945年8月9日、午前11時2分、アメリカが投下した一発の原子爆弾は、ここ浦上の上空およそ500メートルで爆裂し、長崎の町は、一瞬にして廃墟となりました。

 原子雲の下は、想像を絶する修羅場となり、日本人だけでなく、強制連行された中国人や動員された朝鮮人、戦時捕虜のアメリカ人や諸国の人々を含むおよそ7万4000人が無差別に殺され、虫や鳥や植物などすべての生き物も死滅しました。

 私は当時9歳、爆心地から6.5キロメートルの地で大木に登り枝落としの最中に、巨大な火の玉に目が眩み、耳をつんざく大音響と猛烈な爆風で吹き飛ばされ気を失いました。

 翌日から、救護活動に参加した母や姉、兄などの体験で、惨劇の大きさを知りました。その母も姉も兄も歯ぐきから血を出し、髪が抜けるなど、長い間の苦しみに耐えながらも、次々に原爆症で亡くなりました。

 広島で歓迎されたオバマ大統領は、「空から死が降ってきた」と叙情的に表現されましたが、広島のウラン型原爆に対して長崎にはプルトニウム型原爆が投下された事から、私には2種類の原爆による実験ではなかったのかとの思いがあります。

 被爆した町は、国際的な支援のもとに復興しましたが、私たち被爆者は71年もの間、毎日が苦悩の中にあり、2世、3世もその憂いを引き継いでいます。政府には「原爆症」や「被爆体験者」の救済について、司法判断に委ねず、政治による解決を望みます。

 しかし、私たちは絶対悪の核兵器による被害を訴える時にも、日中戦争やアジア太平洋戦争などで日本が引き起こした過去の加害の歴史を忘れてはいません。

 わが国は、過去を深く反省し、世界平和の規範たる「日本国憲法」を作りこれを守って来ました。今後さらに「非核三原則を法制化」し、近隣諸国との友好交流を発展させ、「北東アジアの非核兵器地帯」を創設することによりはじめて、平和への未来が開けるでしょう。

 国会及び政府に対しては、日本国憲法に反する「安全保障関連法制」を廃止し、アメリカの「核の傘」に頼らず、アメリカとロシア及びその他の核保有国に「核兵器の先制不使用宣言」を働きかけるなど、核兵器禁止のために名誉ある地位を確立される事を願っています。

 科学の発展が人類の幸せに貢献せず、資源の独占と貧富の差が拡大する限り、世界の不安定は益々厳しくなるでしょう。オバマ大統領が率先して示された「核なき世界実現」への希望は、人類の英知による恒久平和をめざすものであり、「非核の国々による核兵器禁止のための国際的流れ」に共通するものと思います。私たちは、オバマ大統領が「最後の被爆地長崎」を訪問されるよう強く願い、歓迎いたします。

 私たち被爆者は、「武力で平和は守れない」と確信し、核兵器の最後の一発が廃棄されるまで、核物質の生産、加工、実験、不測の事故、廃棄物処理などで生ずる全世界の核被害者や、広島、福島、沖縄の皆さんと強く連帯します。長崎で育つ若い人々とともに「人間による安全保障」の思想を継承し、「核も戦争もない平和な地球を子供たちへ!」という歴史的使命の達成に向かって、決してあきらめず前進することを誓います。

 地球市民とともに核兵器廃絶の実現を!!

 ナガサキ マスト ビー ザ ラスト

   2016年(平成28年)8月9日
   被爆者代表 井原 東洋一(とよかず)

◇勤務心得

 年度当初の職員会議では、過去のブログ「生徒指導(6)…職員申し合わせ事項」に記述したような独特の申し合わせをする学校もあるが、多くは勤務心得、あるいは服務心得として各学校が作成した内容の確認で、大きな差異はないだろう。

 以下の勤務心得は、教頭として勤務していた学校で確認(平成14年度)したのものである。

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       勤務心得

1 出勤

・出勤時刻は8時15分、退勤時刻は17時00分とする。

・出勤したら直ちに出勤簿に自ら押印し、時間的余裕があれば、生徒登校の様子の確認、教室内外の点検等を行うようにする。

・車は職員駐車場に置く。

2 勤務

・学級での朝の読書が静粛な雰囲気の中で進められるようにする。

・朝の会は、生徒の出席確認、健康状態の観察、当日の予定等の伝達・指示・生活指導等を行う。

・授業等の開始や終了が、日課表に則り行なわれるよう努める。

・清掃時は、それぞれの分担区域を生徒一人一人が積極的に行なうよう責任をもって指導する。

・出勤時刻から退勤時刻までの間に校外に出る場合は、教頭に連絡し、所在を明らかにする。

・指導の記録は、毎学期末に教務主任へ提出し、教務主任は校長に提出する。

・校務の処理については、正確且つ速やかに行い遅れないようにする。提出を要する書類は、原則として「発送文書添付票」を用いて校長の承認を得て提出する。

 ▽ 受付文書

 文書取扱主任 → 教頭 → 校長 → 教務主任 → 係

 ▽ 発送文書

 係 → 文書取扱主任 → 教頭 → 校長 → 文書取扱主任

 ▽ 起案文書

 係 → 文書取扱主任 → 教務主任 → 教頭 →
                    校長 → 教頭 → 係

・緊急事項は、直ちに校長(教頭)に連絡の上、適切な処置をする

・退勤する時には、自分が担当する教室や特別教室等の戸締まりや火気に十分留意する。また、保管する文書等を遺漏なく収置し机上を整理する。現金は置かない。

・管理当番は勤務開始30分前に出勤し、管理当番巡視経路により校舎の巡視と入り口の鍵を開ける。16時40分より火気・電源の確認と戸締めを行なうと共に、管理当番日誌を記入する。通報装置のセットは、最終退出者が行なう。
超過した勤務時間(30分)は、その週の可能な日で調整する。

 ▽ 警報装置の解除

入室から解除を○○秒以内に終了する。時間をオーバーすると、ベルが鳴り「盗難発生」として自動的に通報される。その場合は、落ち着いて解除操作をするとともに、必ず警備保障会社に連絡をする。

 ▽ 警報装置のセット

〇〇秒以内に退出する。警報ベルが鳴ってしまった時には解除操作をする。警備保障会社に連絡をする。

3 職務専念義務免除及び年次休暇・出張

・職務専念義務免除(指定事項を除く)を受けようとする時は、承認簿に記入するとともに、制度が十分生きるよう留意する。年次休暇の場合は、休暇簿に記入し届ける。ただし,緊急の時は電話で連絡をする。

・補教については、生徒が取り組みやすいように、また、補教者の過重な負担とならないよう配慮し、できるだけ早く補教用紙を提出する。

・出張より帰着したときは、校長にその用務に関する復命書を提出する。ただし、軽易なものについては、口頭復命でもよい。

※県外及び泊を要するもの、5年目・10年目等の指定研修は、復命書を提出する。その他は口頭復命。

4 その他

 ▽ 学校教育(教育基本法第6条第2項)

 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。そのためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が期せられなければならない。

 ▽ 研修(教育公務員特例法第19条)

 教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。

 ▽ 学生・生徒等の懲戒(学校教育法第11条)

 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部大臣の定めるところにより、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

 ▽ 服務(地方公務員法第6節)

・服務の根本基準(第30条)
 全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行にあたっては全力を挙げてこれに専念しなければならない。

・法令等及び上司の職務上の命令に従う義務(第32条)
 職務を遂行するにあたって、法令・条例・地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規則に従い、且つ上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。

・信用失墜行為の禁止(第33条)
 職員は、その職の信用を傷つけ、または、職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。

・秘密を守る義務(第34条)
 職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任命権者の許可を受けなければならない。

・職務に専念する義務(第35条)
 法律又は条例に特別の定めがある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてを、その職務遂行のために用いなければならない。

・政治的行為の制限(第36条)
 政党その他の政治的団体の結成に関与し、もしくはこれらの団体の役員となってはならない。

・争議行為等の禁止(第37条)
 同盟罷業、怠業その他の争議行為をしてはならない。

営利企業等の従事制限(第38条)
 営利を目的とする私企業を営み、又は、報酬を得て、いかなる事業若しくは事務にも従事してはならない。

◇こんな学びもある

 人の評価をその人の周囲の人が行えば、大半は可もなく不可もなく、肯定的評価や否定的評価は僅かといったところが普通の人の評価だろう。ほとんどの人にいい評価をされる人は稀だが、その逆も稀だろう。教職員の評価も同じではなかろうか。

 否定的評価をされていてもダメな職員とは限らない。多くはその学校で生かされていなかったことによる評価だろう。定期異動で転入して来た職員は、この人によって学校が壊れるかもしれないとまで言われたが、いつの間にか学校になくてはならない存在になっていた。

 否定的評価を受けている教職員の中で、どうしようもないと感じた人がいたが、同僚や管理職の意見には反抗的で、頷くような姿を見せることがなかった。自分ほど頭のいい人間はいないと広言し、上手くいかないことは自分の力量不足とせずに他人のせいにした。いついかなる時も自分は正しいと考えているようで、やがて、意見を言う人がいなくなった。採用試験では見抜けなかったということだろう。

 管理職でも、登用試験では見抜けなかったのだろうと感じた人がいた。教職員からじっくり話を聞くようなことはなく、威張る、怒鳴る、謙虚な姿勢は見られなかった。したがって、教職員から尊敬されず、感謝もされず、慕われもしなかった。教諭の時の評判は特に悪かったわけではないので、管理職という立場を得たことで、それまで自制していた本来の姿が表れたのかもしれない。管理者ともなれば、残る教職人生もわずかである。最後の最後で軽蔑の評価をされて去っていくなど、何のために生まれてきたのかと感じたのである。

 自分が他人のために役立っていると感じた時、人は生きる喜びや幸せを感じるものである。したがって、我を捨て、他人のために働くという気持ちをもつことが大切である。そのように生きていけば信頼を得るのは簡単で、どうしようもない人間との評価はされなかったかもしれない。

 こういう人を見ていて、この人から学ぶことはないと感じたが、この人がしていることをしなければ、それだけで人々の信頼を勝ち得ることができると感じたのである。過去のブログで「校長の心構え」を掲載したが、その中の多くはこういう人から学んだのである。

◇生徒指導(33)…放任と同じではないか

 子どもが小学生の頃まではそれなりの手をかけてきたのに、中学生になると、「大きくなった、もう大人だ。判断力はついているはず」などと放任する保護者がいる。体は大きくなり、大人と同じようになっても心の面はそうではない。逆に、心の面では手がかかる時期になったと理解すべきだろう。

 高校生くらいになれば安定するが、中学生は暴風雨の時代などと言われるくらい、ちょっとしたことで傷つき、悩み、心の揺れには相当なものがある。子どもの話を聞く時には、まずはじっくり聞いて否定しない。独りよがりやわがままな部分があれば、改められるよう諸々の見方、考え方を示すのである。

 現職の頃は中学生に携帯電話を持たせない取り組みをし、それなりの効果を上げていたが、今では8割以上(全国平均)の中学生が所持(ほとんどがスマートフォンしている。ここ数年で一気に増えたということだが、携帯電話を持たせたために起こった結果に苦しんでいる保護者は少なくないだろう。携帯電話を持たせることは放任と何ら変わりがないと感じている。

 子どもを非行にする10カ条「教育よ、よみがえれ」で、若林繁太先生(1978年、篠ノ井旭高校の校長として、全国から集まった中途退学などの多数の生徒を立ち直らせた教育実践で、読売教育賞を受賞。故人)は、子どもの部屋に電話を設置すれば、子どもは親に知られずに外部と連絡が取れるし、色々な情報を収集することができるので、子どもが非行化する理想的な環境作りと述べている。携帯電話は、子ども部屋の電話以上に便利で理想的な環境を提供することになる。

 携帯電話を持たせても非行に走るとは限らない。もちろん、トラブルが起きたり何らかの被害に遭うとは限らないが、若林繁太先生のような実践家が指摘していることは重く受け止めるべきである。携帯電話を持たせたからには、持たせてなかった時以上に注意する必要があるだろう。

◇天が与えた試練だったのかも

 第2次安倍政権が発足して3年半が経過したが、政府与党への国民の支持は安定しているように思う。この度(7月10日)参院選挙も圧勝ではなかったものの与党の勝利で終わった。安全保障関連法の廃止を掲げ、改憲勢力が3分の2以上の議席を占めることがないようにと訴えた野党4党に国民の支持は広がらなかった。

 国際法を無視し、周辺国家に脅威を与え続ける中国や北朝鮮に懸念を抱くのは当然であり、我が国の平和と安全、国民の生命を守り抜くための準備を怠ってはならない。

 2007年の突然の辞任で、第1次安倍政権は在任1年の短命で終わった。突然の辞任には正直驚いたが、あのような辞任をしなければならなかったことにはさぞかし無念であったろう。

 ある党の女性党首は、眉間にしわを寄せ、励ましも労いの言葉もかけることなく、容赦のない批判を浴びせた。惻隠の情の欠片すら感じさせないものだったが、心ない批判や攻撃を受ける総理を気の毒に思った人は少なくなかったろう。

 「天の将に大任をこの人に降さんとするや、必ず先ずその心志を苦しめ、その筋骨を労せしめ…」の孟子の教えのように、第2次安倍内閣発足までの雌伏の5年は、安倍総理を筋金入りの政治家に鍛え上げたのかもしれない。あまりにも酷い罵詈雑言を浴びせられても平常心を失わないのは、そういうことなのだろう。

 第1次安倍政権は、自民党に足を引っ張られたという印象だが、今回はその逆である。安倍政権でダメだったら我が国はもう終わりという危機感があるからだろうか。崖っぷちに立たされた我が国を救うのは安倍政権なのかもしれない。